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紅葉の小柿溪谷


                          ●絵と文 天野史彦

釣友のうえちゃんの愛車、七二年型の名車ポンコツクラウンに待望の車検の季節が到来しました。行きつけのサービスセンターでは取扱う車の中では最古の車で、交換部品は殆ど無いという車屋泣かせの大古車でんね。

 内装はガムテープを貼り合わせ、ボデイは錆をペンキで厚塗り、女郎屋の女将やね。当然諦めるやろと思うてましてん。
「廃車やね」と言うてにやにやしてたら、なんと、四十万もかけて車検通しよった。
「釣りに行って放り出しといても、車上荒らしに会うたことないねん」と言うのが自慢の車や。そらそやで、道路脇や波止の下に駐車しとくやろ、すると通行人が、「こんな所に車捨てやがって!」と言うて、横っ腹をけっとばして行くそう
な、ほんまの話でっせ。

「あんさんくらい地位も名誉もあるお方は、ベンツかジャガーにせな、男のステータスが泣くで、何、けちっとんね」言うても聞き入れませんね。
 ほんまに捨てるのが嫌いやから、釣り道具も増える一方、新旧雑居でしてな、道具屋の店先みたいで、これ何んや、てな物がおましてほんま珍品、名品の宝庫でんねん。

 さて、先週の土曜日の朝のこと、「家の門の前にホームレスの人が座ってる」
と女房が顔色変えて言いますねん。
「お父ちゃん行って追っ払ってんか」
「無茶言うなよ、お前がやれ」
 丁度折よく電話がかかってきたので出るとそのポンコツクラウン氏からや。
「釣り行こや、お前の家の前に来てる」
えーっ! 女房がホームレス氏と間違えたなんて言われへんが、門前を伺うと、釣友は座りこんでロッドを振る練習をしとる。
「太刀魚に行くんちゃうの」
「小柿にせえへんか」
 それでフライロッド振り回してるんかい、虹鱒もええな、山は紅葉やし天気はええし。

 錦秋の中国道、車の流れに追い越されながら走るご老体車はご機嫌である。
「車の調子はどや」挨拶代わりに聞くと「曲がる時エンジン鳴らなくなったで」
「シフトダウンせんから鳴るねん」
「シフトダウンて何や?」
「あんた、そんなことも知らんと、こんな古い車によう乗るなぁ」
「運転してて、運転の仕方を忘れることあるやろ、あれ、この棒何やったっけ、とか、ヘッドライトつけるのにワイパー回したり、スイッチどれか忘れたり、ようあるやろ」
「あれへんあれへん、あんさん、そら、年ちゃうの」

 観光シーズン真っ盛り、小柿渓谷は入渓の人が両岸にずらりや、遊びがてらやら、本格的な渓流釣師やらファミリーで満杯。
 一番上流が一つ空いてまして、赤いたすきもらって腰を下ろすと、あまごが遊んどる。
 どういう訳か、ここの魚は腹一杯飯食ったあとみたい、餌見てもゲップこいとる。
「全然食わんな、なんで」
「人が多すぎて驚いてまんね、食うどころやおまへん、船酔いに弁当や」
 なるほど、ものも言いよう、船酔いに弁当でっか、そりゃ食えんわなぁ。
「足音が聞こえるんやな、環境が変わってびくついとんね、逃げるのに命かけとるさけ、飯食うほど太っ腹やないで」
 可哀相な生涯、わしはあんたの味方やで、とイクラを撒いてあげましたがな。
 すると岩影から鯉のように大きな虹鱒が出て来よって片っ端からイクラ吸い込みよる。
 あんなでかいのんが居ったんかいな、態度もでかいやんけ、こりぁ休んでられん。
 あまごの仕掛けを、そのままで放り込んだらなんと一発で食ってきた。引きの強いこと竿が折れそう、こりゃ初手から大当たり。
 しかし心は糸ぎれが心配、なんせ0.3ミリのハリスの通しでんね、そこへ尺ものが掛かったんやからヒヤヒヤもんでんがな。

 通しの仕掛けでも、引っ張ればおもりの所か鈎の上で切れるやろ、駄目かなと思うたら背中が冷めとうなって目眩がして、足はガクガク、水の中に倒れそうになってん。
「おっちゃん、そら、年ちゃうか」言うな、それ言うたらおしまいよ。
 たかが釣り堀で何ほたえとんね。と先輩諸氏は笑うやろ、笑え笑え、こっちゃ真剣や。
 でもなんとか取り込みまして面目を保った次第。ただ四十cmにちと足らなんだ。
(茨木市在住)