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幻の大鯉/97/9月号
淀川と芥川との合流点で、1mの鯉が上がったんやて。驚かへんが悔しいね、場所が我が家と近いもんやし、淀川は通い慣れた釣場だけに誰や、何処やと気になる。行ったがな、ここしぱらく淀川では鮒とニゴイしか釣れなんだから真鯉が見たいわい。釣友に早速電話じゃ。琵琶潮でブラックバスやと主張するのをねじ曲げて淀川ヘ。 以前、枚方大橋の下に大鯉がいたとか、放水路の近くで見たとか情報は豊富にあったが、その後はトンと間かなくなった。それがや、何も今頃になって釣れんでもええのに…と思いつつ現場に来たらまあ、来てるなんてものやない、いつもの倍の釣人が、あちこちの薮の陰から竿を突き出してるやないか。浅はかやねえ、人が釣ったからちゅうて、そない何匹もおるわけないのに…そやけど俺も同じやんけ、ガハハ。 釣友と取水塔のワンドの鼻先で竿を構えていたら、隣の薮からデカ腹のおっさんが米軍放出品の特大短パンにTシャツ、阪神タイガースの帽子という出で立ちで、腹を揺すりながら出てきた。「そこの青うなっとるワンドの脇で先週1.2mの鯉あげたんやてぇ」と挨拶代わりにのたもうた。もう20cmも大きゅうなっとる。おっさんはわいの竿見て手鼻をかんでから「そんなちっこい仕掛けやったら鯉に持って行かれるで、石で押さえておかんかい」と忠告、ついでに釣友の質流れの物千し竿見て「今時珍しい竹の竿やんか」と握りを確かめたり持ち上げて見たり、「こらぁエエもんや、大事にせえよ」とお褒めの言葉を賜ると再び薮の中に消えて行った。 暫くすると、白のベストに魚市場の長靴のご老体がニコニコしながら登場。「当たりはあるかね」と声掛けてきた。「その深いとこあるやろ、あすこで1m50cmもある大鯉が釣れたそうやで」と言う。また50cm大きゅうなっとるが。「そんな大きい奴がホンマにいてまんのか?」「いる、2mもある鯉を見た事がある」ほんまかいな、2mなんてお化けやがな。大き目に言うのがこのご老人のクセかも知れんな。「淀川は何がおってもおかしない。昔は1m級の鯉なんかなんぼでも釣れた。梅雨時に出てきよる、ふだんは深い所におんね」「さよか、一度でええから見たいなあ」「まあ頑張りぃな」と言って藪の中に屁をこきながら消えて行きよった。 10時過ぎると当たりはまったくなし、淀川はどこもこの時間から2時ごろまでは音信不通になる。けたたましいエンジン音たてて水上バイクが行き交う。ド派手な水着の娘さんがウインドサーフィンで現れて目の前で沈没や。何とかボードによじ登って帆を起こしとるけど、濡れたお尻の割れ目をこっちにわざわざ向けて作業しいひんでもええのに…わてらは眼が点やがな。よからぬ想像を思いっきりしてしまい、その間会話は途絶えてもうた。亀が大川を横断している。勇気ある行動や、対岸に行きつく前に大阪湾に出てしまうやろに。 「あのアホ、何考えてんねん!」突然、釣友が叫んだ。何と大勢の人が釣糸を垂れているワンドの中から一捜のカヌーが漕ぎ出してきよった。慌てて竿を立てる釣人を尻目にカヌーは川の流芯に進んで行った。「どアホ、バカタレ」、怒声を聞いてか聞かずか、川下に行ってもうた、釣友は怒り狂うとった。デカ腹のおっさんが帰り支度で再度現れた。「ニゴイ欲しいか、やるで」「いらんワ」「誰かもろうてくれへんかな」おっさんはビク片手に逃がすのは惜しいようで、次々に隣の釣人のとこを訪問しとった。夕風が立つと竿を仕舞い始める人が増えて、一人、二人といなくなりワンドも静かになった。当たリはさっぱりなし、友はイビキこいて寝てしもた。 ![]() 二人の青年が離れた場所に現れてルアーを振っている。どうも言葉が日本語やない。そのうちに大さな声で叫びだした。ただ事やない、近くにいた釣友がかけ寄って何か言うてる。「おーい、タモや、タモ」わてもしゃーない、タモ持って行くとロッドが弓のようにしなっている。「でかいで、そっとそっとや」あかん、日本語が通じへん。「スローリイ、ステイ、ステイ、ドンムーブ、0K」こいつら男のくせにキャアキャア騒ぐだけ、ロッドを二人がかりで握っている。 釣友の指導でやっと水面に姿を見せた魚体に驚いたね。巨大な鯉や、見た事もない奴や。「スローリイやで、ボーイ、わかっとるか」糸は切れる限界や、釣友はなんと川に飛び込んで鯉に抱きついた。ヒャアー、岸に上がった鯉を見て皆同時に叫んでもうた。85cm、見事な真鯉や。「ワンダフルやがな、ボーイ」下半身びしょ濡れの釣友は二人の外国人と握手、握手。こいつええとこあるデ。わいも感激のお相伴、けど内心複雑。 「おい、これ見い」釣友が差し出したロッドには値札が貼ったまま。何ぃ1800円やてえ。「釣りは道具やないて言うとるやろ、こんな安物でこの獲物や」「ピギナーズラックやろに、しゃあけどすごいの釣り上げたもんやなあ」わても釣った鯉に水かけながら、すごーい、すごーいを繰り返してもうたよ、まったく。 ところが、またヒャーアが始まった。まさか1800円のロッドがまたしなっとるやんか。ええっ!どないなっとんねん。また大物や、こいつら何ちゅう奴ちゃ。「キャーへビ、ヘビ」何んやて、寄せてきた魚は確かにヘピのよう。よく見ると太いやんか。まさか、まさかが大当たり。大きな1mはありそうな鰻やん。わて腰が抜けそうになってもうた。「すっげー大うなぎ」「オ兄サン、ウナギテナニ」「ヘビチガウ」「うなぎおいしいでえ、へビやない、サカナや、分かるかな」この鰻、ただものやない。尾にハリスが巻きついた跡がある。腹に残る数々の傷は歴戦の勇士や。この二人、釣るもの釣ったらピ二ールの袋に鯉と鰻を入れて、もう帰り支度始めた。「お兄サン、アリガトネ、ウレシイネ、バイバイ」 後にはガックリカの抜けたわしらだけがワンドに残された。「あいつらニューハーフやな、どうも男の恰好してても女っぽい」「工事現場で働いとる東南アジアの奴やろう」「人夫やったらあんなに柔らかい手はしてへんで、女みたいな手やった」わての観察に釣友もやっと納得したようや。「大変や、竿が泳いどる」「何やて!」釣友の自慢の鯉竿がスイスイと沖に向かって動いている。速い速い、呆然と立ちつくすわてらの視界から、竿は暗くなりかけた淀川へ竿尻を高くあげ「さよならー」と言うてるみたいに消えてしもた。きっとでかい鯉やで…一生竿引きずって暮らすんやろか。対岸のヒラパー(枚方パーク)のゴンドラの明かりが眩しくなってきよった。 「わてら、釣りの才能ないんやろか」「のうてもええやんか、楽しけれぱ」「そういうこっちや」 |