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涙の北港ブルース/97/10月号
「何ねらいや」「勿論チヌでんが」「何処行く気や」「新波止……」「新波止にゃおらんで、サビキにしなはれ」「チヌ釣りたいんですけど」「落し込みか、前打ちかどっちや」どっちでもええんや、釣れれば……。「そなら淀川の濁りが出てなんだらヨットハーバーの方がおるで」目玉のおっさん親切にご忠告。しゃあけど素直やないのんがわてらや、人の言う事聞くような玉でっかいな。友人は口尖らせて、「新波止行きまんねん」と主張、もう蟹を買うてもうたしサビキなんぞ女子供のするもんやとブツクサ言うとる。
「そな勝手に降りなはれ」渡船場までもう口聞いてくれなんだ。大阪港はまだ真の闇や、湾岸線の光の輪と街の明かりで足元見えんねん、えらいもんやな。船乗ったら、なんやようけいてるやん、煙草くわえて釣り客同志品定めをやっとる。大半はわしらとチョボチョボというとこやな。でかいクーラー抱えたおいやん、冷たい飲み物運ぶだけで終りやで、帰りは空かもね……。どうも渡船の中はライバル意識が強過ぎてからに仲良うなられへん。 あちこちの波止に寄って、数人づつ降りていく、徹夜組が戻るのもおる、昨日からねばっとんのかそらご苦労はんなこって。スリットケーソンの新波止は一番最後になった。「足もと悪いで気いつけや」船長に送られて夜明けのケーソンに降り立つと波の音だけや、寂しい!六甲山のシルエットが次第にはっきりしてくっと、正面の神戸の街明かりが淡くなりよる、明石大橋が臨めて、左は関西空港の橋までが霞んで見えんねん。港に停泊中の大型貨物船群、かもめの鳴き声がアホアホと聞こえるで。かくして、今日一日がしらじらと歌舞伎の舞台のように浮かび上がってきよんね。めいっぱいベイエリアやのう雄大な眺めじゃ。 しゃあけど足元はどないだ、ここへ来るたびに落ちたら終わりやと海面を見下ろしてゾッとするわ。高所恐怖性の人やったら、えんえんと続くケーソンの枡型の足場で動けんくなるやろな。一日中、綱渡りのようなバランスを保たなならん、居眠りも出来へんで。「はよせえよ、5時40分が満潮やで」「腹へった」「食ってる間なぞないで」「糞もしとなった」「どういう腹や」釣友はもうケーソンの中に仕掛を放り込んでいる、手の早いやっちゃ。第一投、早くも竿にアタリ、じっと待つ、が消えてもた。幸先ええで、釣るで今日こそやったるで、ボウズ記録も終わりにしたる。 ヤヤヤ、なんやこれ、リールの糸がバラケてぐしゃぐしゃになっとる、何やっとんねん、あせればあせる程絡まって処置なし、なんでや、仕方なく竿を置いて糸の巻き直し、貴重な朝マヅメの時間が勢い良く過ぎていく、くそぅ!やっと元通りになって時計を見たらなんと6時30分。一時間近くも糸つむぎをやっとったんか。わいはほんまにドジや、朝の1時間は昼の5時間分ぐらいの重みがあるっちゅうのに、糸をまきまきで終わってもうたやないか。糸を切るんやった、リールを代えるんやった、と後悔しきりじゃ。 そなこと思うとったら8時になってしもたがな。なんでこんなに時間の経つのが早いんや。「どないや釣れたか」友人が見に来よった時は泣きそうになったで、まだ釣りになっとらへんやないか。 「飯にしよか、当分アタリはないやろ」「うるさい!」「何怒っとんねん」「うるさい、腹へったら勝手に食え」「…………」友はわけが分からずにわしの剣幕に驚いたんか、竿担いで握り飯くわえると急いでいんだわ。日陰のない新波止は容赦なく肌をじりじりと焼く、いつの間にかシャツとステテコのおっさんスタイルや、見回すと付近の釣り客は何処に移ったんか誰もおれへんようになった。人だけやない、魚もケーソンの中探り歩いても何処も空っぽや、日中はあかんと知っとってもなんちゅうか三振した清原を見て見ぬふりの長島監督の心境やで、新波止にメイクミラクルはないんか。阪神は何もたついとんねん。一寸よけいなこと考えてまうわい。水中翼船がタンカーや貨物船の間をすり抜けて行く、日向行きのフェリーが堂々と通る。そうかと思えばごつい起重機のついた作業船がタグボートに曵かれて行く。 2時の船で朝来た釣り客はほとんど帰ってもうて、半夜釣りの出勤時間で渡船が忙しく往復しとる「釣れてまっか」ケーソンを渡って来る新客が声を掛けよんが、わしゃご機嫌悪い。釣れとりゃこんな面してへんわ「絶不調やえらい日に来てもうたで」嫌味を言うて出鼻挫いたった。…そりゃ腕が悪いからや、皆口には出さんと腹で笑うて鼻唄まじりで通り過ぎよんねん。腹立つなあ、ほんまにおらへんのやで。港に夕風が立って涼しくなる頃波止は急に賑やかになりよる。ケーソンの二つおきに一人は釣っとる、アホか、そんなに魚がいてたら俺の立場ないやないか。半円形の空にピンク色の雲が飛び淡路島の岩屋あたりに陽が沈むと、空に赤いオーロラが輝き始めて今日のフィナーレを飾る。この夕焼けの美しさ、なんで市内からは見えへんのやろ。しばし釣りを忘れて夕焼け雲に見入ってしまう。 しゃあけどわしらもう15時間もここにおるんやで。釣果は言うまでもないゼロのまんまや。友人が「あ」言うてハリスを見とる「ヨリモドシに卵産みつけられたわ、何の魚やろ」おいおい、しっかりせえよ、魚も釣らんと何しとんねん。情けないのう、二人揃ってまたボウズかい、なんでこないな日に来てもうてん。ああ新波止に今日も涙の日が暮れる、北港ブルースよ……。 |