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つりに行くなら波止や/97/11月号


 地続きの波止はええわ。渡船料も入場料もいらへん、エサ代も取られん、車のままで近くまで入れるし誠に結構ですわ。そのかわり足腰強いこと、それにクソ度胸がいるで。なんせ高いコンクリートの壁よじ登ってクリフハンガーやらなならんし、バラ線や鉄格子の垣根を潜ったり、乗り越えたり、バラック小屋のような梯子をクーラーや竿ケースや荷物持って、登ったり降りたりすんねんで。野外活動センターとちゃうで。誰かてガキに戻るわい、スタンド・バイ・ミー時代の思い出プレイバックや、いやほんまやで。

 おまけに堤防はまるで監獄の塀のように高いやろ。そこをブロック塀の上走り回る猫のように荷物持って飛んだり跳ねたりすんね、まるでアルカトラズの脱獄を地でやっとる気分ちゅうとこや。  それだけやおまへん、あちこちに立入り禁止とか魚釣り禁止の立て札があるが全部無視せんならん、心痛むで。なんやて?トイレやて?そんなもんあるかいな。身を隠す場所もあれへんででけるかあ、そらぁ根性ないと波止には行かれへんで。ま、そんな障害レースを突破でけるもんだけが波止に出れんねん。

 わしと同じ万年金欠の釣友は、波止専門で週に三度はあちこちの波止に通い詰め とるらしい。よう知っとるんや。そいつが何を思うたんか、エサ釣りに飽きたよってにルアーを始めましてん、なんて言い出しよってからに、わてにも「やれ」言いまんね。あんた、エサ釣りは古いで、あれは待ちの釣りやろ。今は攻めの釣りの時代や教せえたるよって、やってみなはれ」 「気軽に言いよんなあ、道具もあらへんし、なんや横文字多うて覚えられへんが」「別に覚えんでもエエ、ロッドは安物でも充分やし、ルアーは最初は2、3個もあればええねん」

 さよか、面白そうや。今日びの若い衆はルアーしかやれへんのは知っとうけど、なんやせわしない釣りやろ。どうも性にあわんと思うとってん。何事も経験や、よっしゃやってみっか、のお。アホはすぐ乗んねん、エサ釣りもろくに出来へんのに、バーゲンで必要最低限のタックルを購入、ウッシッシ…。

 まずは半夜釣りでもやったろかいなと夕方から鳴尾浜に行きましてん。鳴尾浜は武庫川の河口一帯で、足場がエエからか、ファミリーの釣客でいっぱいや。隙間なく釣人が並んどって割り込む余地もないっちゅうとこや。しゃあない、ぶらぶら歩いて帰りそうな人探して割り込んだろ。まるで電車の席取りオバンの眼やが。

 しかし日が暮れても誰も帰りよらへん。暗くなった海にホタルウキが点々と並びだしても動かへん、どないなっとんじゃ。飢えた妻子にエサ持って帰らならんのか。堤防の上は暗いのと幅が狭いので、すれ違うのに難儀しまんね。座り込んで釣りしとる人は跨がな通れんわな、

「すんまへんなあ」「や、どんぞ」ちゅう会話しながら「釣れてまっか」「ちっこいの二匹や」でかいチヌなんぞ上げとる人は頼みもせんのにクーラー開けて見せよんね、そんなばやいは心の中でクソゥ!と思っても何にでも驚く女子高生ぶってさー、声あげて褒めちゃってさー、ブタもおだてりゃ木に登っちゃってさー、登りっぱなしで降りてこなくなって話が長くなっちゃうのがー、おもろいねぇ。 弱ったな、向こうにごっつい体のここでは似合わん背広姿の怖いおっさんが三人立っとる。

 くわえ煙草の火が見える、なんやなんや、極道の兄やん達ではおまへんか。道譲 らんと、真下の暗いテトラに放り込まれっど。こっちは両手に重たい道具下げとるので動作がままならん。どないしたろかと思とったら極道はん体を横にして「どうぞ」と言うた。そん時や、横向いたんで初めて眼の下から頬にかけてのごつい傷がかすかな光で見えてん。ビビるわな、釣友が後ろからつつきよる、しゃあけど、ここは怖がってもあかんしなあ。「すんまへん」言うて通り過ぎようとしたら、極道はん呼び止めよった。ドキンチャンやがな。

「あのな、フェリーの埠頭でシーバスがよう上がるで」「へえ、そうでっか」「行ってみい、今誰もおらんで」えらい親切やんけ。けど、途端に後ろの若いもんに「われ!道あけたらんかい」ドスの効いた声や。足震えるわ。ボディガードやろな、直立不動で道譲ってくれましてん。「釣りせえしまへんの」道具持ってへんのでちょっと聞いてみたら。「いいや、見とるだけや」「さいでっか」釣りでもないのに見とるだけやなんておとろしいがな、ずらかったサンピンを探しに来たんやろか。長居は無用や、釣友は後ろから盛んに押しよんねん。「あんた、ああゆう連中とよう話しでけるな」「黙ってる訳にいかんやろが、普通にしとったらええねん」「そやけど相手にならんほうが…」

 そらそや、こんな平和な波止でドンパチに巻き込まれたらかないまへんがな。暗い波止を急ぎ足で撤退しましてん。教えられたからやないが、人がおらんのはフェリー埠頭の近辺だけや、しかし落ち着かん場所や。なんせ30分位すれば次の船がきよる、でかいスクリューで海かき回すよって、魚がいても逃げてまうが。おまけに船員が人を蠅のように追っ払いに来よる。そらしゃあないとおもうで、駅のホームで釣りしてるようなもんやから怒られて当たり前や。

 ほかに場所もなし、ここは桟橋の明かりで昼のようやから動きやすいのがエエ。堤防の上に座り込んで手ほどきを受け、キャスト開始や。「どや、釣れたか」声かけられて振り向くとさっきの極道の旦那達でんがな、まずいなこれは…「フェリーの発着のたんびに追っ払われてあかんわ」「なんや、俺が話つけたろか」「いえいえ結構ですわ、おおきに」

 わしら腰が引けるがな。しゃあけど、この旦那、のこのこフェリーの埠頭へ行きよった。たまたま桟橋のごみを拾うとった船員を捕まえて「船の出入りの邪魔にはならへん、船入る時はのくさかい、ここで釣りさしたりいな」と大きな声で頼んどるやん。参ったな。船員かてビビるがな、頬の傷痕見ただけで、へいへい、はあはあ言うとる。わしらの時はでかい面して追い払うくせに全然態度が違うやんか。「おい、話つけたったで、ここで釣れや」旦那意気揚々と戻って来た、行かんとどつかれるわなあ。「おおきに、すんまへん」言うて堤防から埠頭に飛び下りて、後ろで見られてるのを意識しながら竿をおっかなびっくり出したんや。

 フェリーの関係者やろな、制服着た人が桟橋から見とる。わしらをどこかの組のもんと思うとるようや、あんまし近寄らんほうがエエで、と言うとるんやろな。そん時やがな、釣友の竿が大きく曲がりよってん。いつもなら大騒ぎして「来た来た!」と言う奴が後ろの眼を気にしてこっそりとリール巻いとんね。「おい、兄ちゃん来とるで」行きかけた極道がでかい声で叫ぶわな。「はあ」なんちゅう情けない声出すんや、アホか、こんなばやいにヒットしよる奴おるか、早よバラしたらんかい。あかん三匹の極道が堤防から肩ゆすって来たがな。「でかいのんがかかったやんけ」と言うて彼を取り囲んでもうた。

 もうバラす訳にはいかんくなって、何とか上げよと苦労しとんね、わしゃ逃げる 訳にもいかず、後ろの方で石のお地蔵さんやがな。「タモないんか」「持ってまへん大丈夫ですわ」桟橋のほうでは、ややこしい連中が何ぞ釣りよつたで、とこの騒ぎを遠見の見物しとるが。やっと上げたのがなんとでかいスズキや、彼は顔真っ赤にして汗かいとる。埠頭に上げた魚を極道の旦那が手で計って「60cmは越えとるで、な、言うたやろここにはおんねんで」「ほ、ほんまですなあ、あはは…」なんて他人が釣ったような顔しとるが心臓破裂寸前てとこや。気の毒で見てられしまへん。

「あのう社長」ボデイガードが座りこんでいた旦那を呼びよった。「なんや?」「パトカーが来ます」「あほう、何びくついとんねん」わしらが二人がかりで針を外して振り返ると居てへんやん、アっちゅう間に消えてしもた。「おい、逃げよう」魚をキープした釣友がせかす。「なんでや」「わしらも仲間やと思われとるで」「まさか・・・」桟橋の見物人がいつの間にか増えとるやないか。ちょっとやばい雰囲気。こらまずいわい。

 明かりもない狭い波止の上を、急げ急げと言われても這うようにしか進まれへん。何でこないになんねん、とボヤキたくなる。わしら関係あらへんのに…ほんま、波止釣りは根性いるで。