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酔うても鯛釣り97/12月号


うちにシャベリがいてまんねや。会社の奴なんやけどな、ま、すまんけどわての愚痴も聞いたって。この男、人はええのんや、しやけど口のふさがる間がないんや、一日中しょもない冗談言うて人を笑かしとる奴っちゃねん。男の喋りは昔は嫌われたもんや、そいが今は反対なんかのう、こな軽い男が妙に増えてまんね。あんさんとこのまわりにもいてまっしゃろ? 会社ではこの喋りを誰も本名で呼ばんと吉本っちやんと呼んでまんね。お笑い専門やから……。ま、腹立つのんは「あん人と一緒にいてると楽しいねん」なんちゅうアホなおなごがいてまんねやわ、結構モテよんねん。
 この吉本ちゃんが、わてらが週末に釣船予約してたんを聞きよって、今まで釣りには乗ってこんかったのに、俺も行ってええかと言い出しよったんですわ。CMソングに連れてって、連れてって、大阪出る時、連れてってなんちゅうタコヤキの歌がおまんのん、わての顔見るたびに歌いよんねん。たこ坊主みてえな面突き出しよってやられてみい、たまらんでホンマ。ええ年こいてのう。釣船雇うのに一人でも多い方が割勘が有利になるやろとセコイ考え起こして一緒に行くことにしたわけでんが。これが間違いのもとやった。
翌日になって、奴が、行きたい言うてる人が他にもおまっけどどない案配しまひょ…、と抜かしよってのう、頼みもせんのに、多いほうがええんちゃうん、と人の腹見よってからに言いまんね。「何人や」「8人か9人や…」このアホが喋りまくりよったな、と感づいたが後の祭り、誘いも誘ったり、専務から新入社員まで多彩な顔ぶれ、まるきし社員旅行や。幹事はあんたがやって、なんて勝手に決めよってからに、間い合わせがわんさと殺到でんがな。「釣りやったことあんの」「夜店の風船釣りぐらいやったで」「わし金魚すくいで12匹釣った」もしもし、何考えてまんの。参加者のほとんどがこんな調子でのう、えらいことでんが。せっかく鯛釣りを楽しみにしとったのにぶちこわしもええとこや。

 週末の仕事終わってから3台の車に分乗して、和歌山へ向かいましてん。遊び気分やから車の中でビールパーティが始まりましてな、サービスエリア毎にしょんべん停車でんが。着く頃にはもうすっかり出来上がってしもてのう…。それがあんた、悪いことに、泊まった宿の隣がスナックやねん。明日早い言うてんのに釣りを知らん運中やさかい止めが効かしまへん。行こか、ほなちょっとやで、なんちゅうて全員で店貸切りや。何がちょっとですねん、カラオケかけ倒すは、ビールウィスキープランデーと進んだらもう時間の観念なんかのうなるわいな、深夜の大宴会やがな。近所から苦情が来るまでえんえんと続きよりましてな、気がついたらもう2時を回っておりまして、わても酒が入ったら人変わるよって、すまんのう釣りどころやおまへんが。宿に戻ったのも覚えてへんね、そのままぶっ倒れてしもたんやが5人部屋でっしゃろ、いびき、歯ぎしり、屁こきに寝言の大合奏でのう、寝られたもんやおまへん。そない状態で朝になってもうたんや、これならスナックで飲み続けとったほうが楽やったわ。
 朝飯の弁当もろて空を見上げたら小雨まじりの強い風、太平洋波高しや、言う事なしの悪条件。船長も小首傾げて気の毒そうに、「せっかく来はったのに、今日は釣りにはならんで」とのお言葉、夜の騒ぎ見て、こいつらアカンと思たんとちゃうか、温泉につかってゆっくりして行きなはれ、と勧められましてん。わては素直やさかいのう、そうやそうや、そないしょうやと納得したんやけど、素人は恐ろしい、それでのうてもゆんべの酒がまだ残っとる吉本っちやんが先頭に立って出せ出せと船長を吊るし上げよってん。最低の客やがな。あかんて言うてるやないか…。「お客さんがええなら船出しまっけど…」船長が折れて出航することになってん。

 それからが大変、船長今日は悪い客に当たったと思うとんかヤケになって飛ぱす飛ぱす、高出力のエンジンは波の頭をうさぎ飛び、空中滑走で突っ走る。まさに激走絶叫ボートもどきでごわす。わてなんぞ舳先に近いのでジュットコースター乗りづめ状態。「もう乗らへんで」と岩下志麻さんかて叫ぶわな、二日酔いに寝不足の一行は、近くのものに掴まって胃袋ひっくり返ったまんまよ。「行けえ!」と叫んだり「はよ停まらんかい」と怒鳴ったり、もうメタメタ。死ぬ思いで沖まで来たんやけど、釣りを始める前にもう新入社員が派手にゲロ撤くと若手に次々と感染してのう、マダイもこの安酒入りのコマセ攻めで、何処に行ったかトンズラこいて、船ん中はクセェクセェ。船長魚探を頼りに移動してんのやが、水温低いのか当たりは全然。

 こうなると半分ヤケやがな、持参した焼酎を回し飲み、迎え酒がよう効いて酔っぱらってしもた方が勝ちや。船酔なんぞすっ飛んで、それ飲めやれ飲め、釣船だか屋形船の宴会だかわからんようになってもうたんや。ところが喋りぃの吉本っちやんは船酔いせえへん。お喋りも快調釣りも怪釣や。「引いとるわい」って叫んで糸上げ始めよった。30cmのええ鯛や。「どや簡単やないか、もう釣れたがな」なんて人の神経逆撫でしよる。まったくなんちゅう鯛や、人を見る目がないのう。喋りに火がついてもう機関銃や「どやねん、わてにも釣れまんねんでえ」とよろけながら船中見せて歩きやがる。調子に乗りついでに専務にその鯛をプレゼントして点稼ぎまでやりよりましたが。頭きたね、ゲロ族が「もう帰りてえ」なんて青い顔して言うのを「まだ来たばっかやんか」と無視じゃ、ここは釣師のメンツにかけてもでかいの上げなならんけの。

「船酔いなんぞ寝てりゃあ直る」なんてえらそうに吉本っちやんも気合が入っとるがな。元気なんはわてら飲んべえの数人だけや、あとは釣っちや吐きが半分、残りは完全ダウン、船の中はもうマグロのように人が倒れとんね。しかし人には親切にせなあかん。いつまでたってもわてには外道しか来よらへん。専務は隣席のゲロのしぶきを浴ぴても平気で寿司弁当を二人分平らげてまだ足らんようでパンなど食っとる、さすが貫禄やと尊敬が集っとるがな。したらその専務に当たりがおましてな、「それタモや」「これはでかいぞ」なんちやって、ぶっ倒れとった奴まで起き上がって手伝っとる、サラリーマンの性やのう、あほんだら。専務が鯛を上げたもんで誰も帰るなんて言わんようになって釣糸をしゃくり出したりして、急にあたりが静かになってん。見回したらなんと吉本っちゃんがダウンこいてるやんか。船べりに掴まってオェオエの真っ最中、うわはは…。やったぜベィビイ、お前でも船に酔うんか、神経ないんと思とったで。これで専念でけるやんか。

 しかし船は木の葉のように揺れて舌噛みそうや。「お客さん、上がりや。風が強うなった、今戻らんとうねりが大きゅうなって危険や」船長が竿あげの合図しよる。なんや今からやのに……。戻ってくれよ、頼むさかい」吉本っちやんが青い顔して言いよる。ゲロ族も出すもんのうなって苦行僧の托鉢みたいに拝んどる。港に戻って船降りる時の姿は見ものやった。ほとんど皆歩けんで這うとるが。気の毒やのう。吉本っちゃんも損も得もないっちゅう顔で息も絶え絶えのあり様。「船に酔うてもしっかりマダイ上げたやんか、また来るか」「もう懲りたわ」よしよし、これで当分釣りには来んやろ。しやあけど船酔いが鯛上げて、酒飲みにはかすりもせんのはどうゆうわけなんかのう。