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寒ハエにカンパイ! 98/3月号
保津川の猫、どないしとるやろなあ…。去年の2月号の寒ハエの記事で亀岡市の服部藤雄氏の猫の話やけど、覚えとりまっか。川原のミカン箱の中で共同生活しとる猫に、毎日京都からエサを運んどるおぱはんが居るちゅう話てんが。心温まる話でしたのう。渓流釣りの仲間に「保津川に猫見に行がへんか」と電話すると、あんじょうこけまくりよんね。 「なんで?ねこやねん」 「ほんまは寒ハエやがな」 「早う、そう言え」 夏から秋ちゅうもんは、海釣りとバス釣りに明け暮れたもんやから、ごつい仕掛けと強いアタリに慣れてしもて、渓流の解禁日が近づくと、勘を戻さなならんねん。なんせ使うのが細い糸やる、風になぴいてイラチくんね。やたら竿振り回して自分を釣ってしまいますやろ、渓流魚のあの微かなアタリを思い出すのには寒ハエをやっとかなあきまへんのや。去年なんぞ、解禁日のはなから川の中でこけて泳がされて、どえりゃあ目におうたがな。当日早朝、相棒は大切にご愛用しとる23年前の新車、オールドクラウンに、つりとものワッペン賭って、地鳴りと共に「おおーす!」言うてご機嫌で来よった。 えらい朝からテンション高いやんけ、どないしたん。その内トヨタが博物館の展示品として新車と交換してくれると、ほたえまくっとるんやけど、世の中さほど甘ないで。しかし昔の車はえらい丈夫ですわ。山奥の渓流行っても四駆に負けとらへん、狭い谷道を腹擦って火花散らしながら転がしまんねんで、まるで戦車やで。しゃあけ普通の道では40qも出えへんから安威川沿いの亀岡街道は時ならぬ渋滞や、ゴルフに行く車とダンプが数珠つなぎになってぶうたれとる。先行しとったわしの方が気い使いまんが。山越えて亀岡盆地に出ると牛乳のような濃い霧や、交差点の信号がぼやけて見えよんねん。 「赤いホテルがにじんで溶けて」の世界やかな。そんな古い歌知らんてか、まあどっちゃでもええわ。それにしてもすごい霧でたちまち何処を走っとんのか分からんようになりましての、気がついたら周りはわしだけやんか。えらいこっちゃ、何処へ行くか言うてなかった、どないしょ。言うときまっけどな、小さい町やと思で亀岡の道をなめくさったらおうじょうこきまっせ。古い道と新しい道が筋違いになっとう上に城下町特有の鍵型細道やで。 駅で待つとったらええやろ、と2分も待ったがけえへん。保津川行ったかな、と舟下りの乗船場へ行くがここにもおらん。何処行ってもうたんや……。また来た道を引き返して山陰線の踏切で待つとったら、霧の中から湧くように現れましたがな。「喫茶店でモーニング食っとってん」やで、怒るでほんま。時代劇の舞台のような保津小橋の岸辺にはもう先客が居てる、しかも冷たい水に腰まで長かっとるがな、おーい、神経痛になるで。釣りでもなかったら真冬に川の中へ入れ言われても出来るもんやおまへんで、ええ根性しとるのう。 見とったらよう釣りまんね、だてにきばって浸かっとんやないわ。めちゃ手返しが早い、バンバンあげよる。あの人だだもんやないで、と見とれとったらマイゲに火がついてもうて、気はかりせきよんけど、アタリはさっぱりじゃ。その内に水から上がってウェーターを脱ぎ始めよったから、しめしめ、帰りよるで、あそこに移ろうや、と広げた荷をまとめて場所を取られんように、二人でカニの横這いで抜き足差し足、しのび足や。枯れた葦の問を通って近くまで行くと、なんやブーンと変な匂い。 行くと、なんやブーンと変な匂い。河やこれ、と思うたら枯草がバリバリ鳴って熊が「うおう」と立ち上がりましての、げえ!と目を回しかけたら水浸おやじの毛むじゃらのオイドやんけ、こらたまらん。 「ヘビイ・くろっけつやな」 「それを言うならデビイ・クロッケットやろ」 わてら、アラモの砦ならぬ川原の石垣をよじ登って一目散に退却てんが。しゃあけこの冬空に、保津川下りしよるもんも居てまんねんな。ビニールハウスみたいな覆いをつけとるけど、寒うて景色見とる余裕あるんやろか。ケバイねえちゃんの肩に手を回してカッコつけとる男、指差して「この寒いのに見てみい、あのアホたれが無しぱいとるで」と抜かしよった。 「どっちがあほじゃ」わてもすかさず怒鳴り返しましてん。「川の水かぶっておいど濡らして伺いきっとんや」友も負けてへん。「おどれ、すかたん!コンクリ詰めて沈めたるか」やで、こわー…。野崎参りやないで、舟と喧嘩してもおもろないわい。今度は下流からカヌーが遡行して来よりましたがな。 ひっくり返ったら心臓麻痒起こすで、と言いながら、ひっくり返るのを期待して見とったら、手なんぞ振っとるやんか。 「前通らしてもろてよろしいか」なんて挨拶しよった。わあお!行儀ええポンやんか。「わしらはかまへんけど、橋のたもとで長かっとる黒ケツ親爺はどづきよるで」「なら、ちょっと茶あしますわ」言うて川原に寄せて来たかな。相棒はカヌーに目がないんで、釣竿放り出して手伝っとる。 「コーヒーあるで」なんちゅうてご機嫌取っとるなあ、と思ったらカヌー借りて乗り込んどるやん。こらやばいで、あいつ一人で乗るんは始めてとちゃうか。「おいおい、大丈夫か」わしも釣りどころやないが。「わしゃ小型船舶の免許持っとんじゃ、まかせなさい、見とれよ」なんて自信満々やが、えらい揺れとるが、パドル振り回して水を叩きまくっとる、格闘技やないで。 「やめえ、見てられへんわ」 「な、うまいもんじゃろ」どこがじや、舟がのた打つとるだけで真っ直ぐ進んでへんで。「カヌー買うてちょっと練習したら上手になりまっせ」カヌーのボンちゃんにおべんちゃら言われてその気になっとうが。 「あんたカヌーよりあのクラウンなんとかする方が光やる」 「あれはあと三年乗ってから考えんねん」さよか、あのままやったらもうじき車の底擦り切れて抜けるでえ、わし知らんよ。 「猫見に行くの忘れたなあ」 「釣りに来たんやろ、寒ハエ釣りのコツは撒き餌やで、魚を寄せな釣れへんで」講釈垂れとる割りにはなあんも釣れんのう。相棒は黒ケツ親爺に様子を聞きに行きよった。 「あん人もう百匹以上あげたんやて、やる気のうなるなあ、畜生」と言いながらツナ缶を開けとる。 「秘密兵器や、これが撤さ餌には一番ええんや、知らんやろ」 「ええっ!ちょっと待てい、わし正月の残りの酒持って来たで…」 「ハエに食わせるのは勿体ないか」 「釣果一匹やで、撒く事あらへん」 「寒ハエに乾杯!ちゃうな完敗や」 パタ! 「そな大げさにこけんでもええてからに……」(茨木市在住) |