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ゆらゆら紀行 98/9月号
●絵と文 天野史彦 京都北山でも、最奥の美山町の由良川源流までは、あんまり遠すぎてめったに行かれしまへんな。根がいじましいから、旨いもんは後で食う、いい所は後で行くもんと思うとりまんね。 大阪を真夜中出発、この不景気やさかい、夜逃げと勘違いされてもしゃあないのう。 幾重にも重なった山また山を越えて、はるばる来たで北山……と眠い目をこすりながら走ると、朝もやに覆われた山々は、まだ黒々と霧の海に浮かぶ九十九島みたい。 ここの山容は、ががたる断崖絶壁はない、兎追いしかの山、てな優しい山や。沢はくねくねと幾重にも山裾を辿り、深い森のなかを遊ぶように流れて、昔ここに来たんやないかと思わせる懐かしさがおまんなぁ。 しかし、ここまでは気分よう来たんやが、しょっぱなに出会った畑におった村人に、いきなりボデーブロー食わされましてん。 「山でマナーの悪いのは釣師や! ハイカーや山野草の観察に来る人はゴミはきれいに持ち帰るので歓迎しまっけど、山を汚すのは釣人おすなぁ、野草を踏み荒らす、テグスは捨てはる、煙草の吸殻はほかしはるし、空缶はそのままやし全部がそうやおへんけどなぁ、あんまり来て欲しゅうないえ」 耳痛たなった、皆さん気いつけや、釣師は評判悪いで。わしらの恰好から、品の悪い釣客と見られて釘を刺しよったんかい、人柄を服装で判断せんといてな。 村の指定の駐車場で朝飯を食っていると、立て続けに湯気たてて釣人の車が次々と到着。徹夜で走ったやろに。休む間もなく支度して、先着のわしらを完全無視してトライアイスロンの中継ステーションもどきで、あたふたとザック担いで渓流竿を手に、小走りで谷に入って行きましたがな。 まあ、あんさん。忙しい人生送っとんのやねぇ……。 それに比べて、わしらはのんびりしすぎ。入山届けを記入してトイレでゆっくり「大」をラッパの伴奏つきで放出してから養魚池のアマゴを観察。京大の森林博物館を窓ガラス越しに覗き見してからやっと腰を上げたのは、先客より遅れる事一時間。まあ、由良由良とのんびり行こかい、とザックを担ぐ。 由良川源流の森林軌道を、あほのボケとツッコミをやりながらカヅラ小屋を目指して歩く。 途中、気の向いたポイントで竿を出すが、かかるのはあぶらはやばかり、しょもな。 カヅラ小屋を過ぎて数時間、原生林に遊ぶ、小鳥の声に包まれた目的の支流に到着した。荷物放り出すと、そこは綿の花のように羽化したゆすりかの大群が舞っとるやないか。すごい数や。 「ただのエサ飛んどるで」 川虫がおらんと嘆いておった相棒と餌の掴み取り、こんなん初めててや、しかしこの餌効きまっせ。 本流の出合いに荷物を置いて、竿一本腰に差して、沢の偵察開始。釣りを忘れて、ひたすら遡る。あまり人の入った気配はない。期待は高まる、藪を漕ぎ、岩を攀じる間も音を立てないように、石を落とさないよう阿吽の呼吸で進みましたがな。 先を歩いていた釣友が岩の間から、盛んに下の渓流を指している。覗いて見ると、おるおる、おるやないか、緑葉の茂みが被さるように、流れを覆った所にゆうゆうと泳ぐ尺アマゴが子分を連れて縄張りのパトロールにお出ましや。 「難しそうな場所や」 「当たり前や、釣られそうな所におるかいや」 「しゃあけ、見える魚は釣れんちゅうやんか」 「知恵くらべや騙すの得意やろ」 「誰がや」 手製の短竿に極細ハリスを直巻き、ゆすりかのチョンがけを水面にピョンピョンと飛ばす。 さて、その効果は、と思ったら雨や、すげえ降りで滝の下に立ったような豪雨や。 荷物を置いてきたので傘もなし。しかし、ここでリタイアはできん。 わしは根気がないよって、途中で岩蔭に退避してんけど、釣友はずぶ濡れになっても動かず、岩遁の術を使ってねばりにねばり、遂に釣り上げましたがな。これがすばらしい型のアマゴ。 「きれいやなあ」としばし透明の魚体に見とれてまいましたよ。 夜はツエルトにくるまって河原でゴロ寝、愛飲の焼酎「紅乙女」(これは田主丸の「鯉とりまぁしゃん」の店の前に工場がおまんね)とアマゴの塩焼きで大満足や。 そこで大切そうに取り出したのが某女優のヌード写真集。うわぉ!盛り上がりましたで。 毛がええとか、ケツがええとか乳首が可愛いいとか、芸術とはほど遠い批評ばかしこましましてな。話だけ聞いとれば、馬か牛の品評会でんがな。 しゃあけ、芦生ダムはやめて。 わしら、ダムの底あたりでビバークしたのう、なんて村起こしの寂しいブラバス釣をしながら思い出すのはつらいやおまへんか。 (茨木市在住) |