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渡る淡路はチヌばかり 98/10月号


                           ●絵と文 天野史彦

明石大橋が開通して、きょうび淡路島はごっつう近うなった。
「明石大橋が工事中で長い間釣人がけえへなんで、橋の下はうようよ魚がい居付いとるで…」
「朝行くとチヌが橋の下で遊んどんのがよう見えまっせ」
開通後巷で流れとる噂に釣りバカおやじはいきりっぱなしで淡路島詣でのおいやんがわんさこらじゃ。
 わいもかまされとう一人や。「今度の社員旅行は近場にしょうや、予算無いし」待ってましたでその意見。「場所何処にします」「淡路島に決まっとうが」「淡路行って何しまんね」「釣りだっちゅうの、社員釣り大会や」「社長はテニスのでけるとこにせえと言うてますが」「社員旅行やろが、わしらは釣りがええの」「わしらやて、あんただけだっちゅうの」
真似すな、あほ。
 どこ行ったかて自民党内閣やでなんも変わらへんが、淡路でええ。
 洲本港はきしょ悪い程静かや。
 橋や高速道路がない頃の港には連絡船やフェリーがいっぱい停泊しとったが、今は桟橋に釣人が数人見えとるだけや。
「釣れまっか」「はぁ、ぽちぽち来まんな」「何がでっか」「へぇ?ここはチヌやけど…」「チヌやてぇ!ほんまかいな」
 わいの顔がパチパチパンチかまされたようになりやしたで。
 簡単に言うてくれるな、おとっさん、北港へ三年通いつめたのにチヌにはスッポンかまされたまんまや、こちらはんごく当たり前にこきまんねやわ、かなんなぁ。
「はるばる淡路まで来てサビキ釣りしとったらきた甲斐ないやろがチヌがダブルで来たこともおまっさかいな、今日は午後からやからまだ五枚やけど…」
「ご五枚でっか、チヌがダブルで」
「早朝見ると、波止の周りにごっつう並んでましてな、イガイかりかり齧っとんのが見えまっせ」
 聞いた、聞いたあんさんイガイかりかりやて、北港や南港で何年がんばってもそんなん知らんがなこら、こうしておられん…
 ホテルへ取って返して釣り道具抱えてUターンや。
「おい、宴会始まるで」「わしいらん、おむすびにして置いといて」
 宴会なんぞやっとられまっかいな、我が生涯初の大勝負やんか。
 胸は高鳴り心は踊る、クーラー担いで竿持って、鞄引きずり大汗かいて、薄暗くなった波止に辿り着くと、なんとおっちゃんは波止の上にテント張ってめし炊いとる。
「社員旅行やろ、釣りしとってええの」
「チヌと聞いたもんなぁ」
「あんたも釣りバカ病やね」
 どっちがや、毎週大阪から淡路にテント持参で来る方が重病やで。
「おっちゃんは車で来たん」
「バスでんね、阪急の下から洲本行きが出てまっしゃろ、あれで来るのが一番安うおまんね」
さすがに安いの見つけるのがうまいわ、バスやったら橋の通行料程度なんやて。
 夜の十二時過ぎると地元の釣人は殆ど引き上げて広い桟橋におっちゃんと二人だけとなる。
「なんつうてもチヌは淡路やで、スレたチヌ一匹に釣人十人の大阪港とえらい違いやで」
五枚あげた余裕でのたまうがわしが来てからアタリがないやんか?
「おかしいな、今夜は変やで、夜釣りでボーズはないんやけどな」
 そやろそやろ、淡路くんだりまで来てボーズもオデコもないで。
 腹へった、昼から何も食っとらん、宴会の御馳走が目にちらつくのう、誰かおむすびでも持って来んかいな、しゃあけ、おじんはいつでもハミゴで忘れられとんね。
 おっちゃんはテントで仮眠、わし一人で蚊に食われながら夜明かしや、絶対釣ったるでぇ。
 四時半になって夜が明けた。餌も取られてへん、イラチ来るわ。
 仮眠しとったおっちゃんも起きて来て首を傾げてから言うた。
「こら、あかんがな」
「なして?」
「見てみい、赤潮や、まっかっかの海やがな」
暗いうちは色が見えへんからわしゃ赤潮のど真ん中で一晩中竿出しとったんか、とほほ「血塗(ちぬ)の海やのう・・」

 あんたらばかしがいいめをこいて
 わたしゃはなから蚊のえじき