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鯉惚れおっちゃん 99/4月号


                           ●絵と文 天野史彦

 鯉釣りは、はまりまんな。
 淀川ではチャリに釣具一式くくりつけたマニアックなおっさんをよう見かけます。真冬でも暖かい日は大概出勤してまっせ。
 わてらのような休日出勤者にはあまり口きいてもらえまへんな。
 なんか憑かれたような眼して川面を凝視しとるがな。
 年齢は七十代か六十代後半で、年季の入った太い竿とタモ持って首に手ぬぐい巻いて、ゴム長を履いて耳覆いのついた帽子、という老人が多いようですな。
 わての行く場所でよう逢うおっちゃんが居てまして、優しそうな顔してんねんけど目が鋭い。
 この人、時々人の後ろ来て黙って見とるんですわ。後ろに立たれると、野村監督に睨まれた新庄もどきになって堅うなるやんか。
「鯉狙いやったら吸い込みなんていじましい仕掛やめなはれ」
と、急に一喝しよってん。
「吸い込みはあきまへんか」
「あかんな、そんなん釣りやない鯉が可哀そうや」
と言うて、訳も説明もせんと行ってしもた。
 ま、人それぞれ考え方があるわな、可哀そうなら鈎で釣り上げるのとどこが違うんじゃい。
 鯉釣師のこだわりやろか、それとも鯉に惚れた男のロマンか。
 手打ち蕎麦にこだわる人が機械で打ったんは蕎麦やないちゅうのと同じ感覚かも知れんな。
 宝塚市のチボリの東にあるどぶ川は、知る人ぞ知るでかい鯉がいてる場所だんね。
 しかし、最近釣人が多くなって年々難しうなってますねん。
 この川の近くに住む釣友が、冬の朝、大物を上げたちゅうてな、夜明けに電話してきよった。
「冬はおらんと思うとったのに」
「三匹下って行くのを見たで」
 ほっとけまへんな、眠気はふっ飛び、すぐに宝塚まで中国道飛ばして駆けつけましてん。
 寒い朝や、彼は手ぬぐい頬っかむりで、肥えたご担ぎそのまんまで朝の五時からやっとったやて。
 かじかむ手をもみもみカイロで温めながら仕掛作りや。
 ウキ下80cm、底は砂地で確かに大物がゆっくりと泳ぐ姿が見えとる。水温が低いのにでかい奴はこたえへんのやな。
 練り餌に蜂蜜加えるのがわしの秘伝、飯つぶも少し混ぜる。
 二人が夢中で竿に集中しとる時バイクで来たおっちゃんが無言でわしらの後ろで見てまんね。
 気持ち悪い人や、一時間経ってもまだ居てる、二時間経っても動かへん、なんやこのおっさん背後霊みたいにとっついてからに。
 釣友にアタリが来た、でかいでわしはタモ抱えて走る。
 背後霊のおっさん、やおら動いてタモを覗き込んで唸ってから、
「それどないすんね」
と初めて口をききよった。
「リリースしまんね」
当然のように言うと、それをくれと言いまんね。
「食べまんのかいな」
「食べるんとちゃうで、ほかの池に移すんや」
 わしら思わず背後霊のおっさんを見つめてしもた。
「ここに居てたら可哀そうやろ、わし毎日見てまんね、自分でも釣りまんねんけど、釣った人からも貰ろて池に移してまんね」
「へーえ、何処の池でっか」
「わしの家の池にここの鯉はもう三十匹ぐらい移したかなあ」
 ははぁ、それでここに大きい鯉がおらんようになったんか。
「前はここも鯉が住めたが工事やって堰作ったんで武庫川に出られへん、水量は減る、餌は少ない、このままでは大方死んでまう」
 釣れへんわけや、大物は全部このおっさんが引っ越しセンターやっとるんか、あほらし。
 どうやら可哀そうと言う同情が何故か鯉には湧くんやな。そこが普通の魚と違うとこなんやろな。
 何でやろ・・・
(茨木市在住)