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蛸のおっちゃん蛸釣りに
●絵と文 天野史彦 蛸釣りは、夏の夜の風物詩やな。しゃあけ「たこ釣りに行くねん」言うたら、ヨメが「友釣りでんな」て、どういう意味や。 蛸は夜行性、何故か暗くなると元気になる「五時から人間」と同じやそうで、夕方から行こうや、と釣友に誘われ、明石に行く。 明石は蛸の本場、釣らんでも、なんぼでも道端で売っとるやん。 午後五時、淡路の仮屋漁港到着、小さい港内は残暑きびしく、びっしり並んだ漁船の間から竿を出す釣り人でここも結構賑わっとる。 太平洋に熱低が居座っとるので風が強い、朝から一文字に渡ってた人が、手のひらサイズのベラを数匹で諦めて戻ってきた。 「吹き飛ばされそうで釣りどころやないわ」とぼやきまくってた。 大半の人は港内に風を避けて、サビキか蛸狙いに切替えている。 あの蛸ジクいうのんはユニークな形してまんなあ。地元の人のジクは手造りなので見てるだけでもおもろい。 かまぼこ板に熊手のような鈎を針金でくくってあるものやら、割り竹に三本バリを挟んだもので、大小のジクを作っている。誰にでも作れそうなものや。 「ようこんなんで釣れるのう」珍しがって言うたら 「蛸ちゅうのは、おもろい恰好しとったらすぐ来よんねん、へんな奴っちゃで、ガハハハ・・・」 両親が蛸やないかと思うハゲのおっちゃんが、あたりの空気みな吸い込んでしまいそうな大口開けて笑うた。 このおじさん、蛸釣りは初めのわてに、親切に教えてくれた。 「釣りかたは簡単やねん、鈎がごついんで、根がかりし易いから、ズル引きはあかんでぇ、底をちょんちょんと舞うように動かすと蛸が抱きついて、ぐぐぐっ、と重くなるから、そこで一気に引くんや、底をゆっくり引いとると、逃げられるし、根がかりしてまう」 「鈎がごついから振り回すと怪我をするで、目を潰した人も居てるから、投げる時は周囲をよう見てな、そんな遠く投げんでも足元によけい居てるが」 地元の人は食べごろサイズだけをキープすると、あとはリリースしとるが、京阪神から乗用車で来てる釣り人は赤ちゃん蛸もしっかりキープしている。 いじましい根性やが、大阪湾の周辺の波止では、こうは居らんもんなあ、気持ちはよう分かるで。 初めてのわても、一投目からしがみつかれて大満足の得意顔でんが、友人が鈎外そう思て、墨ひっかけられて大騒ぎ。 暗くなると釣果も上がり、地元の人は黙々とジクを投げとるが、京阪神から来た釣り人は、根がかりに悩まされて中断が多くなる。 わても、まだ二匹だけやがな、 高いジクを四つも失ってお手上げ状態、明石で蛸を買うたほうが安うついたな。釣友にいたっては、三つも無くして、ブラックバス用のルアーでやっとる、大丈夫け。 しかし、地元のたこのおっさん、毎日来てると言うだけあって、根がかりなんか全然関係なし、四時間あまりでわしらと喋りながら、二桁は釣りよった。 「隣の家が民宿やっとるんで、これをやると喜ばれるねん」 おっちゃんは見たいテレビのドラマが十時からあんねん、言うて蛸入れたスカリを上げると、一匹づつ頭を裏返しにして墨袋を毟り取ってバケツに放り込んだ。 「こないすると墨を吐いて真っ黒にならんで」 成るほどねえ、蛸は裏返しにされると、魚を締めた状態と同じで、動きが止まりまんねんな。 暫く車の中で仮眠する。 夜中の三時、漁船のエンジンの轟音で驚いて目が覚めた。 真昼のような明かり、車の音、大勢の人声が一斉に沸き上がる。 係留していた漁船の明かりの列が、一文字波止の灯台を通って次々と暗い港外に出て行く。 いっぱい停泊していた漁船がすべて出航すると、港の明かりは消え、徐々に星空が広がるようや。 いつまでも漁船のエンジン音が夜空に遠雷のように谺してた……。 壺を出て 星を数える 蛸の恋 チャンチャン! (茨木市在住) |