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熊が出たぁ!


                          ●絵と文 天野史彦

 渓流釣りやってると熊に出会うチャンスは登山客より多いんやて。
 熊は通常、人間の匂いや音で察知するので、もろに出会う事はまずないて言いまっしゃろ、いえいえ・・・人生そな甘うないて。
 最近の熊は学習して、人は食い物持ってると思うて、逃げるどころか待ち伏せする奴も居るちゅう話や、怖いけど、山に餌ない熊は可哀相でんな、しゃあけ出たらどないしまひょいな。
 わては長年山登りをしてますが、今まで山で熊に出会うた事は一度もなかったんですわ。
 それが、渓流釣りに切り換えて登山道より沢添いに歩くようになると、新しい足跡や、木の幹に爪で引っかいた跡など、まだ生々しいのをよう見つけまんね。
 最近熊の住環境が狭うなって人里近くまで出没跋扈して人間に追い回されて、あげくに撃たれて死ぬ奴が居てますな。悲劇や!
 熊はおとなしい性格なので、自ら襲うのはよっぽど切羽詰まった時でっせ。
 しかし野性の獣や、こちらの出方をじっと見て、襲うタイミングを図ってまっせ。動物映画に出演依頼でけるような、人に馴れとる野性動物は居てまへん。
 熊は縄張り内に人が入ると、二本足で立ち上がり、威嚇攻撃をして、逃げたら追っ掛けて来よる、足は人間よりめちゃ速いて。
 背中から飛び掛かりあの長い鉄の爪で引き倒しまんね。
 力があるから肩から後ろの肉がごっそり取られまっせ。山奥の村では顔が半分ない人や、腕を食われた人が居りまんな。
 きのこ狩りや、山菜採りの人が、時々熊に襲われとるけど、渓流釣りでやられた人も結構いるから、気をつけなあきまへん。
 熊に襲われたらどうするか。
 念仏を唱えて、わし食うても脂身多いよって肥えるで、わしはあほやからアホウイルスに感染しまつせ、旨うないで、口くそうなりまっせ、異性にはもてまへんで、食う前によう考えや、あんまり割りに合わんと思うけど、食うの? 知らんでぇ。と忠告しても・・・あかんやろか。
 一つだけ熊を怒らせたり驚かしたりせん方法がおます。
 目を見ない事、目を合わせると「この野郎」と威嚇に出てきよるから「あんたが大将」と、下手に出ると「分かっとりゃええちゅうねん」と肩怒らして去によんね。
 あんさんを脅かしとるんと違いまっせ、渓流釣りは一人では行かないようにしょうな。
 と、予備知識はたっぷりあっても、山で会うたことないわてに、遂にほんまもんの熊が出たんや。
 いわなの天然物を追って二日がかりで上越国境の朝日岳に沢登りと釣りをかねて行きましてん。
 水上温泉から宝川(利根川源流)にそってタクシーで林業試験場まで入り、後は荷物担いでの林道歩きになんねん。誰もおらんやろと思ってたのに、釣り師の車が四台も駐車しとる。
 山奥やのに結構繁昌しとんね、かなんなぁ。
 林道終点まで徒歩一時間、その先は山仕事をしなくなった為か、荒廃していて歩き辛い。暫く山道を辿ると、沢に下りる。遭難碑なんかあって広河原に出る。
 ここにテントを張ってベースにしまんね。
 仲間と別れて支谷で釣り竿を出しながら登っていると斜面に大木が見えとったんですわ。
 わてがその大木に近づいた時、幹が二股になっとる所に何か居ると気がつきましてん。
 もう木の根元から十米ぐらいまで来てしもて、何やろうと立ち止まった時、それが動いて顔をわての方に向けよったんですわ。
あんさん、誰も居らん山奥で、熊にガン飛ばされた身を想像出来まっか。それも目と鼻の先や、死んだ振りなんか出来まっかいな。
 熊は木の上で寝ていたんでしょうな、人間なんざめったに来ないのでびっくりしたやろねえ。
 おめえ、なしてここさ居んの! と言いたそうな顔してましたで。
 わてはゆっくりと少しづつバックやがな、こういう場合驚いて騒いだらあかんねん、相手がパニくってしまうやろ。
 熊はわてを見つめながら、ゆっくり木から降り始めて途中から飛び下りたんや。
 その間に充分な距離をおいたので、熊はそのまま草むらの斜面を太い足でぐいぐいと登って行きよりましてん。
 冷や汗がどっと流れたで、山を登って行くあの力強いパワーは、さすが「山のおやじ」やった。
(茨木市在住)