月刊つりのとも

近未来提言 −2− [94年10月号より]


釣人が考える これからの放流時代 まとめ 編集部=武富純一

インタビュー 松下宗雄氏

 日本釣振興会近畿地区支部、全日本釣団体協議会(大阪、兵庫、和歌山)、釣船業協同組合の3団体が“チヌの海ふたたび”をスローガンに始めた大阪湾のチヌの稚魚放流事業が今年で12回目を迎えた。
 確かにひと昔前と比べて大阪湾のチヌの魚影は濃くなったと言われている。長年の努力の成果だろう。チヌ放流事業の発足と経過、その意義、そしてこれからどのように展開していくのか…。日本釣振興会常務理事、松下宗雄氏にうかがった。

−−放流事業の発足から現在までの経緯を教えてください。

 昭和54、5年頃、大阪湾に魚がいなくなった時期がありました。海水の汚染、主に工業廃水が原因ですね。その当時は放流なんてことを言うと「こんな大きな広いところに2万や3万の魚を放流して何になる。ドブに金捨てるようなもんや」と笑われました。

 ところが魚はどんどんいなくなるし釣れなくなる。そんなこと言うとられないということで全釣協さんが熱心に動き出したのです。何とか放流を始めようとしたのですが、最初、苦労したのはチヌの稚魚をどこで確保するかということでした。チヌは漁協の対象魚になってないので育てている所がないのです。白浜の近大栽培センターの、もう亡くなられましたが原田先生という方にお願いし、当時、全釣協の会長だった川崎さんの口ききでやっと生産の見込みが立ちました。それが昭和58年。放流数は4万匹でした。ここまでくるのにに丸2年かかりました。

 そのすぐ後、200カイリ規制で沿岸漁業が成り立たなくなり、そこで初めて“魚を育てて穫る”という考えが社会に起こってきました。けれどマダイやカレイはやるがチヌは漁協の対象じゃないからどこもやらない。近大栽培センターはまだ値段が高かったので稚魚の入手に困ってよそを探しました。神奈川県栽培センターが売ってくれると聞きまして、そこで何年か続きました。
 今でこそ、どこでもチヌの稚魚は扱っていますが、当時はチヌの稚魚の入手は大変なことでした。 現在、日釣振の全国での放流費用は年間4〜5千万円、近畿でも5〜6百万。兵庫、大阪、和歌山でトータル7〜8万匹を放流していることになります。
 今でも覚えてるのですが、当時、こうした運動を釣の友社の太田社長に話した時、「この輪をだんだん大きくして日本全体に広がるようにしてください」と言われました。まさに全国に広がった現在、この言葉は今でも忘れません。

−−具体的な成果はどんな形で上がっているのでしょうか?

「ドブに金捨てに行くのか」と言われる中、最初の5年くらいは大した成果はなかったのですが、5年目を越えたあたりから40〜50cmクラスがあちこちで釣れ出したのです。
 チヌは稚魚から1年で20cm、3年で30cm、5年以上は40〜50cmになりますから、このサイズなら5、6年ものです。放流の時期と計算は合いますね。また、毎年継続してやってきたことにも大きな要因はあると思います。

 それから、もうひとつチヌが釣れ出した要因として大きいのは、海水汚染の元凶である工業用水の排水基準が定められたことでした。基準が厳しくなったのでそれで水質が良くなった。放流をはじめて5〜6年で効果が出てきたのはこうした要因との相乗効果もあると思います。

−−住みかを整備せずに放してばかりでは、との批判も一部ありますが?

 チヌは居付き魚だからテトラや波止が住みかですね。そうした場所は年々増えてるから身を守ることは十分にできていると思います。

 また、第二次五ヵ年計画として海の底のオモリや糸等を回収するクリーン作戦を実施していますが、良い環境もつくりながらの放流でないと意味がない。もっと言えば魚が自然繁殖できる環境を作らないことには本当じゃないですね。

−−今後はどのような活動を続けていくのですか?

 環境基準を高めることが大きな課題です。水質検査では大阪湾は魚の住める水質になっています。工業廃水は基準がうんと高まったのでもう問題ないのですが、問題は家庭排水です。例えば洗剤が1万分の1でも入っていればチヌの卵は死んでしまう。家庭排水を少なくするような洗剤とか運動でこうした環境基準を高めることが大きな課題です。ゴミの問題も持ち帰り運動などいろいろやってますが、現状を見たら悲しくなりますね。汚すのはすぐですが、キレイにしようと思ったらエライことです。それから「一人一匹放流運動」と題して放流募金活動を行っていますが、なかなか釣人の皆さん、お金は出しませんね。釣人も魚を穫るのだから釣人ももっと放流事業に協力してほしいですね。また、年間予算の半分は放流事業ですから。栽培業者は稚魚をもっと安くしてほしい。
 環境汚染問題は我々だけでは力は及ばないから国のコンセンサスを得られるような活動をしていくことがこれからの大きな課題です。

編集部から

 釣人一人ひとりが、好むと好まざるに関わらず、こうした放流事業を無視できない時代がすでに始まっている。
 あの日、あなたがさんざん苦労して釣り上げた大物チヌは、5年前、こうして放流されたうちの一匹かもしれない。今から5〜6年のち、あなたが大阪湾のどこかの波止で釣り上げるかもしれない40cmオーバーは、今年、何万と放流された稚魚の一匹かもしれない。釣ったのは確かにあなた自身のウデだろう。しかし、一匹のチヌがあなたの仕掛に食いついた裏には、こうした多くの関係者の努力が隠されていることも忘れないでほしい。どんな名人でもそもそも魚がいなければ釣れないのだから。
 ちなみに「放流」をある辞書で引くと“養殖のために稚魚を流すこと”とあった。